誰にも届かない。
誰にも評価されない。
誰の目も意識しない。
そんな言葉をただ垂れ流す。
最初の投稿でそんなことを書きました。
「じゃあ、自分のWORDにでも書いとけばいいじゃん。わざわざブログにして人の目に触れさせるなんて、結局評価されたいんでしょ? 承認欲求のかたまりなんでしょ?」
と言われてしまうような気がします。
私は誰かに評価されたいのだろうか。
本の感想を書いてた時「いいね」されることはうれしかったけど、その感覚はやがて消えていきました。
とある賞に引っかかったことがありました。すごいと言ってもらっても実感が湧きませんでした。
自分が「いいね」に意味を見出せなければ、それはただのSNS上の儀礼で、
賞をいただいても、自分がそれに値すると思わなければ、それはめぐり合わせの結果でしかない。
結局私が私のことを認めていなければ、他者からの承認も称賛も虚しくて哀しい。
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私の言葉は私自身に届いてほしい。
できれば5年前、10年前、15年前、それぞれの時代の私に。
そして評価して、できれば認めてほしい。そうすれば今の私も、過去の私たちもきっと救われる。
でもそれは不可能だから、私はブログを始めたのだと思います。
私に近い感覚を持った世界のどこかの誰かが、この言葉を認めてくれるはずだから
そしてその言葉が届いた誰かがもしいたとしたら、その誰かは別にわざわざ私を評価してくれなくてもいいのです。
誰かが存在すると信じるだけで、私はまだなんとかなる気がするから。
その誰かが存在していると、私自身に信じ込ませるために、このブログは存在しているのです。きっと。