現実と非現実の間を渡る時

先日、初めて海外に行ってみました。4泊5日でしたが、飛行機の時間の関係で現地で行動していたのはほぼ3日間。

それぞれの日については気が向いたら記録してみます。

フライト中の機内、外国人が行き交う夜9時の空港。両替だけ済ませ、しばらく進むと花で作られたゲートと、ライトアップされた水の柱がお出迎え。エスカレータを降り、タクシー乗り場で配車アプリを使い乗り込む。

無口な運転手に荷物を積んでもらい、夜のハイウェイを通っていく中で、目に映るのは日本と違う形式のナンバープレートと英語の標識。

ハイウェイを抜け、車は都市へ続く橋を渡る。車窓から見える景色は突然開け。暗い海と港湾がわずかに見える。その先に見えるのはカラフルな光で輝く巨大な観覧車。やがて車は、ビルが立ち並びギラギラ輝く街を抜けていく。

飛行機に乗っている間からずっと現実感がなかった。ホテルのロビーで「チェックインプリーズ」とカタカナ英語丸出しで話し、サインを求められた際に「ジャパニーズ?」と尋ね、漢字でサインを書いている時も、ホテルのカードキーを渡され部屋に荷物を置いてからも。

翌日以降も街中を歩き、コンビニに寄ってみて、地下鉄に乗り、観光名所を回ってみた時も、現実感が薄い。

夢を見ているよう、というわけではない。

足は確かに地面を踏みしめ、ものを触った感触はある。カメラやスマホは眼の前の光景を写真に残す。お土産を買うたびに、スマホにはクレジットカードの使用通知が来る。お腹はすくし喉も渇く。汗もかくし歩けば疲れる。

でも現実感は湧いてこない。理解が追いついていないのかもしれない。海外にいるということに。ずっと気持ちはふわふわしている。海外に旅行してみるよりも、何かするべきことがあるのではないか、と気持ちはざわついている。

よくわからない罪悪感が湧いてくる。元同僚たちは働いているだろうし、次の職場への書類提出が終わったか、確認しなければならない。返さなきゃいけないメールもあったような気がする。

最終日、妹に頼まれたお土産を買うため、ショッピングモールを歩いていた。その時ふと、「ああ、帰るんだな」と実感が湧いた。その時に気付いた。

現実感が戻っていた。

現実と非現実の合間というのを、この数日の旅行で初めて体験したような気がする。異国というのは、まだ自分にとっては情報量が多く、未知の世界だった。だから私の脳はその未知を非現実感として、なんとか感覚に落とし込もうとしていたのかもしれない。

あの非現実感は一種の酩酊だ。不安でわからなくて、でもどこかで興奮もしていた。

英語も満足に話せない。スマホを無くせばホテルに帰れないかもしれない。そんな異国の不安。日本で見ない景色と多国籍な人の波が、たくさんの情報を体中に浴びせる。その情報に脳は興奮する。

もう一度あの非現実感を味わいたいか、と聞かれるとなんとも言えない。

でも、私は頭が良い方ではないので、いつの間にか非現実感の不安な部分を忘れ、興奮した酩酊状態のみを思い起こすような気がしている。

帰りの飛行機から電車で自宅へ向かう時、音楽を聞いていた。旅の終わりのプレイリストを作っておけばよかったと少し後悔した。

曲の候補はだいぶ揃った。登録もしてみた。それを聞く機会が今後訪れるのかはわからない。